2006年11月11日
NIFTY-Serve幽遊白書会議室語り 第10話「ヨーロッパと幽遊白書」
お久しぶりです。ようやっと帰ってきました。
#下のバトルオブ幽白プレイ感想も更新しました。
しばらくロンドンでフラフラしてました。結局観光らしい観光も出来ず、英語版幽遊白書、フランス語版幽遊白書を探すことすらできませんでした。そう、フランス語版幽遊白書漫画って実在していたらしいんですよ。
この記事の続きを表示する...15年前あった、幽遊白書ネットコミュニティ
「NIFY-SERVE アニメフォーラム 幽遊白書会議室」
そこでは数年にもわたり会話が繰り広げられ、そのすべての会話を読み返すには「毎日読んでも数ヶ月近くはかかろう」という記事数を生み出した、当時ですらもマンモス会議室でした。
マンモスがゆえに、アクセスしてくるNIFTY-Serve会員さんも多種多様、なんと、フランス在住日本人からのアクセスすらもあったんですよ。
その現地から、フランス語版幽遊白書アニメ紹介現地雑誌の紹介が・・・。
すげー。
フランス人から見た幽白は特異な文化を背負っているため、哲学的に意味があるのではないかと漫画専門誌では読み解かれていたようです。「UKIYOE」が符号化された世界ではないかと読み解かれたのと同様に・・・。
にしても、ジャパン不良ピープルの髪型を初めて見たフランス人たちは「バナナの様な髪型」と表現していたとか。桑ちーん。
フランス語版幽遊白書漫画なぞは、感動の名シーンで「どこにも行かないよ...
マ マ ン ! 」
だそーですからねー。SHUNITCHI NANNO君。
現地からのレポートが毎週山のように挙がっていました。彼らの哲学的な思考と、異文化に対する理解への努力とその "ああ勘違い" がおもしろかったですよ。
いまや世界中から日本のニュースはインターネットで見れてしまいます。
ロンドンにいる最中に、野球も日本一が決まっちゃったし。
フラッシュ実況版をつかえばほぼリアルタイムで概要は見れちゃうし。
昔は、新聞か電話かぐらいでしか手に入れられなかった。
パソコン通信なんかは先進を行く通信手段でした。
そんな頃のお話です。
パソコン通信にもチャットがあって、フランスからつなげてきたそのお方に「今は朝でしたっけ?」とか言いつつ、いーなーフランス!とかぼやいていたら、最後には
「遊びに来てもいいですよー。はっはっは!」
と冗談で終わるってもんでした。
ほー、じゃあ、いっちょいってあげよーじゃないの!と一念発起した内藤は、ちょうど父がロンドンに長期滞在していたのをいいことに父親に会いに行くんだ!と旅行代を親にせびって、ロンドンへのついでにフランスまで行ってしまいました。
これが、内藤のやらかした幽遊白書フランスオフの始まりです。
フランス側のお方に NIFTY-SERVEでメールを送ったら、おどろかれれるやら喜ばれるやら。
しかも内藤にはそのとき悪知恵が浮かびました。
「うん、これは会議室の皆には内緒にしておこう」
早速、内藤は なぞの文章を会議室に投稿しました。そのときの文章です。
NIFTY-Serve 幽遊白書会議室より引用
「
=霊界堂 協賛=
フランスを目指せ! シルクロード10日ぶっとおしマラソン!!
東京 ~ 北京 ~ パリ
」
......なんての、幽助&蔵馬あたりが企画しないカナ?
どーせ、10日ぐらいぶっ続けで走り続けられるんだろ?よ~かいって(^ー^;
マラソンに...ではないが、ゲスト参加しま~す!(^o^)ノ ハーイ
あとはノートパソコン担いで海外からのホスト接続で(当然国際電話)、会議室を経過観察するのみ。
#当時のノートパソコンはまともに買うと40万とか70万とか
#バカ高かった・・・。当時たまたま中古で良品を入手しました。
一般に幽遊白書会議室では、オフ会の後には好例のオフレポが展開されるのですが、今回のフランスオフでは、事前通知なしでオフレポをやるとゆー「サプライズ」を内藤はカクサクしていました。そのためには、事前にフランスに絡むネタを会議室に振っておいて下地作りをして注目を集めておかなければ驚きは半減です。そのために振っておいたネタは・・・。国際電話で日本のアクセスポイントに接続して会議室の発言を確認してみると
「やっぱり幽助なら日本海なんかも水上走ってわたれちゃうよね」
「だって、雷禅んトコまで丸何日も走ってたわけだしー」
と盛り上がってきてました。わはは。思うツボ。
英語もまあまあ程度なんで、特に障害もなくロンドンまではたどり着けました。
電話以外で日本語を何ヶ月も話していなかった父はだいぶ参っていたようで、毎日現地のレストランで2~3時間日本語スクール状態。
話し込むあまり手に付かない食事。現地のウェイトレスが「食事がまずいんじゃないか?」と気を使って話しかけてくるほどでした。
翌日、フランスへ向かう算段となって
「はっはっは。これでドーバー界境トンネルを越え、いざ、魔界フランス!
ウラメシ君、君はもう休みたまえ!」
と頭ん中でバカを言っていたその矢先、突然ホテルに電話が。
「ユーロスターが運行中止になりまして、ユーロスターから飛行機への
切り替えに追加費用が発生しますが・・・」
今回の旅行会社からでした。
なんと、行く前日になって
ド ー バ ー 界 境 ト ン ネ ル が 大 火 災 !
ツアー会社側の過失ではないので、切り替えの差分はお客が負担。金のないボンビー学生は父に泣く泣く事情を話して内藤負担分をトラベラーズチェックとして父からもらいました。
「うおー、コエンマ! 君はそこまで邪魔をしたいのかね!?」
ネタですよ、ネタ!ここまできちゃうと!
エコノミー便中で出されたピーナッツをかじりながらフランスへ向かいました。
パリについてびっくりしたのが、
英 語 が 通 じ な い !
駅で切符を買うにもさっぱりです。参りました。はぅぅ。
フランスオフ当日はオペラ座前の有名カフェ店「カフェ・ド・ラ・ペ」で待ち合わせ。お互いオフラインでは初対面のため、このとき あらかじめ合い言葉を決めておきました。
当時、幽遊白書会議室では非公式ながら私設ファンクラブもどきが作られていて、それぞれ、
幽助: ハニー教
桑原: 桑原神社
飛影: 三ツ目教 『邪眼寺』
蔵馬: お狐教 お稲荷神社
とゆーふーに呼ばれていました。(後日詳しく紹介してみるつもりです)
それにかこつけて、合い言葉は
「今10時ですか?」
「邪眼寺です」
・・・でした。ええ、内藤も思い出しました>そこらへん
この合い言葉のすごいところは、例えば間違えてパンピーに合い言葉を掛けてしまっても
「今10時ですか?」
「ええ」
と至って自然な会話が成り立つことと、かつ、目的の人が選別できるトコロにあります。これって、当時のアイデアマンの発案から広がった幽遊白書会議室オフ会文化だったんですよ。
んで当日、遅刻した内藤に返された合い言葉は
「あはは、今、10時半ですけれどもね・・・。こんにちは!」
でした。いやー、あれは恥ずかった。
どう考えても日本人はカフェに一人しかいないわけですから、合い言葉もなにも要らないんです。
落ち合った二人でパリ観光しながら寺院の記帳に、前の誰かが書いたであろう幽遊白書っぽい漢字を見つけてしまったり、幽白会話三昧+レストランで持参ノートパソコンで個人展覧会状態。
こちらでも、コアな会話限定な日本語スクール状態でした。このスクールのすごいところは、どんなに妖しい話題だろーが、日本語つーじないカントリーだから、街ん中歩きながらでも放爆話状態。誰とでもすれ違っても分かるわきゃない。だから気が大きくなる。声までもが大きくなる。あーんど、調子に乗りまくる。
未だに記憶に残る異様なハイテンションでした。
一緒に行動して感動したのが、現地日本人の方の
フ ラ ン ス 語 が 通 じ る !
いやー、言語で苦労した&救われたのはアレが初めてでした。
んー当時、もう一度別件でヨーロッパに来るとは思ってもみなかった。若かった。
あのときに初めて一人で10年パスポートを手配してました。
今年の9月になってロンドン出発が決まってあわてて当時のパスポートを確認したら、なんとあと数日で有効期限が切れてしまうところ。てことは、ちょうど10年前に作った、んで、あーんなことも、こーんなことも、ぜーんぶちょうど10年前の話だったってことなんです。
「シルクロードマラソン大会」だの言いつつオフをやって、
「ドーバー界境トンネル大火災!?」だの馬鹿言ってたのが10年前。
当時父が踏みしめていた道を、今や自分が踏みしめている10年後。
「映画ですか?英語で観てますね~」←大うそつき
それが決め手で今の立場を得て、いざロンドンへ行ってみると、ロンドン滞在中の愚痴が当時の父と似ていて思わず苦笑しつつ、ようやく彼の気持ちを理解してあげられるようになったのだと気づきました。
いやはや、感慨深いです。
この10年間の内藤を知る人は今や少なくなってしまいましたが、こうまで偶然が続くと面白いでしょ?
15年前知り合った人も、7年前知り合った人も、今日知り合った人も、内藤の次の10年後を期待しててください。きっと笑っちゃいますよ。
今回もきっちり10年パスポート作っちゃいました。
いやー、あれからもう10年なんですねー。
記録を見返してみると、1996年11月23日(パリ現地時間) ・・・もう10年も前なんですね。
10年前のアナタは何をしていましたか?
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NIFTY-Serve幽遊白書会議室語り 第9話「アニメスタッフや声優との交流」
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2006年6月12日
NIFTY-Serve幽遊白書会議室語り 第9話「アニメスタッフや声優との交流」
お久しぶりです。
最近はもっぱら駅前留学(?)な毎日です。環境思いっきって変えました。
久々に、じゃぱにぃずかるちゃあに戻りたくなったので いにしえの幽遊白書会議室のネタを書いてみます。
十数年前になりますが、当時のネットといったら、世間一般には全く知られていない世界。それは「NIFTY-Serve幽遊白書会議室語り 第3話「パソコン通信を始めたきっかけ」」でも書いたとおり、よっぽど仕事で使わざるを得なくて、とか、かなりコアな人でもない限り、知らない世界でした。
それが故に、そこではおもしろいことも起きていました。
今と違って、昔のネットは社会的な認識度が低かったせいもあって、社会全体でルールを定られてしまうほど厳しく見られていなくって、個人の裁量に任されていたトコロがありました。
電子情報が社会にどう影響をもたらすか、そこまで影響力を持っていなかった時代だけに、NIFTY-Serveの会員情報は本名公開制だし、在住地域までわかってしまっていた時代です。
だから、たまたま、幽遊白書以前からネットで活躍していた声優さんやら、アニメスタッフさんも通り名で[会議室]に登場されていたんですね。
たしか、「今度の収録でアドリブをやりますよ」とか、「今度のエンディングアニメ、CGつかいますからね~」とか、「桑ちゃんのシーンのカンバン(男桑原なんたらかんたら)を辞めさせてくれ!?そんなコト言ったら、今度飛影にフンドシはかしちゃるぞ」とかジョークだか本気だかわかんないやりとりが有ったのを思い出します。彼らもそこんトコわかっててきちんと自粛しつつやってらっしゃいました。
ちなみに、CGの話は本当で、蔵馬が合わせ鏡のようにずらーっと並んでいたエンディングがそれだったと思います。
幽遊白書会議室オフ会とかでもまれに顔を出されてて、皆さんといろいろおしゃべりされていたのを思い出します。
そういったやりとりの中で、「蔵馬の髪の毛が赤なのはなぜ!?」というと~ぜんながらの質問が飛び出しました。幽遊白書アニメ放送開始直前の頃、蔵馬のセル絵が世間に公開され、「赤!?」とショックを受けた蔵馬ファン達が署名活動をしてしまったぐらいの衝撃を受けたアレです。
特に冨樫義博氏はアニメにはノータッチだったらしいだけに、アニメスタッフの判断だったのではないかと内藤は未だに考えているのですが。。。
「うーん、たぶん薔薇のイメージじゃないのかな?」といったお答えだったと思います。
ここからは内藤なりの解釈ですが、他にもいくつか理由が有ったのだと思っています。
1.アニメキャラクターは個性を持つべき
2.配色はキャラクターの背景を背負っている
1.アニメキャラの個性とは・・・
昔からキャラクターデザインで言われていることですが、影絵でそのキャラクターだと判別できるように固有の形を持つことを求められています。それ故、影絵で個性をつけられないキャラは、色で個性を持たせられてしまうことになります。
幽助や桑原のあのどぎつい色の学ランなんかがそうだと思います。
2.配色に持たされる意味
「千と千尋の神隠し」で登場する湯婆婆の服の色ですが、当初赤で考えられていたとか。その色は湯婆婆の背景を意味して赤と配色係が決めていたのですが、背景画が赤ベースとなってしまったため「キャラが立たない」との理由で、監督が自ら青と決定してしまいました。決定までの間だいぶ配色係ともめたようですが、そこにまで色にはこだわりが有るのです。
上記2点、そして幽遊白書アニメスタッフのヒントから総合すると、蔵馬は
・キャラを立たせる
・アニメオリジナルのせりふ「綺麗な薔薇には刺があるのさ」の薔薇のイメージ
(髪は紅で、目は深緑)
という目的で配色が決定したのではないかな・・と今では思っています。
この配色の結果うまれた人間が、果たして「生を得て年を重ねていく全ての生活において」現実的かというと否ですね。
・日本のような規律の厳しい学校生活を紅髪で生き抜けるの?
・海藤がピンキーな制服で許されるの?
上で言った個性故の配色ルールとしては、「現実(リアル)」との矛盾もあるわけです。
ファンはそこをリアルで考えたい気持ちもあるわけですが、所詮「夢」の世界が故の矛盾にも出くわし、苦しまざるを(理由作りを楽しまざるを?)得ないわけです。
幽遊白書会議室では、何度も突っこんだ議論が繰り広げられましたが、余りにもそういった矛盾にぶつかってしまうと必ず出てくるいいわけがありました。
「妖怪達がなぜ日本語をしゃべるのか?までを説明する必要はない」
妖怪語でも英語でもなく、日本語のワケ?ええ、日本の漫画だからなんです。そこんとこは目を瞑りましょう。
今ではファンとアニメスタッフ達とのコミュニケーションの場はほとんどなくなってしまいましたが、当時、幽遊白書会議室でも90年代中盤以降になってくるとスタッフと話せる機会がなくなっていました。
当時、NIFTY-Serveが栄華を誇り始め、当時としては200万人規模の巨大なネットとなってきていました。ネットもメディアの一つとしても成り得ると、アニメスタジオとしても見逃せなくなってきたこともあったのでしょうね。
スタッフ自身から、「注意を受けた旨あったとの報告」があって以来、すっぱり登場されなくなってしまいました。
当時の内藤は、ネットが社会へ持つ影響力の変遷をも目の当たりにしていたのかも知れません。
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2006年3月17日
NIFTY-Serve幽遊白書会議室語り 第8話「色恋沙汰」
色恋沙汰については自分が知る限りは数えるほどしかなく、幽遊白書会議室をきっかけに交際が始まり、ひそかに結婚された方がいらっしゃったと風のうわさで聞いております。
でも、多分オフレコな色恋話とかでもっとあったんだろうな~。
内藤も実はその候補の一人であったことに後々気づくのですが、でも色恋沙汰の感情を知らない子供には、まったくの右から左のスルー。
今思い当たるだけでも、確かに何度かアプローチはありました。それを全部スルー。
それが、あの「同人誌を送りつけてきた」あの方であり、「好きだったのにー」でどついてきたあの方であり、そして、これがすべて同一人物でした。
相手には申し訳ないことをしてしまいました。
おこちゃまランチでごめん。
変に大人びていたならば、自分の人生も変わっていたんだろうな・・・。
「新郎新婦の入場です!」なんて緒方恵美さんに言っていだけたりしてたんだろうな
って、ふと想像してしまいます。だって、蔵馬君の縁で知り合うことになったんだし。
ある日、おこさまランチ内藤は、常連同士で電話で他愛ない会話をしていて、この方はすでに結婚されてる方だったんですが、「今ふと思ったんだけど、内藤さんの結婚式、呼んでね~」といわれた。
子供相手に言うかフツー?あんさん。
今思えば、違和感は二つあったんです。
●あやつは異性だから、マナーとしては結婚式に友人として呼べるはずがない
●おこちゃまランチ内藤のン10年もの先の話が当時予測できてたのか?
今思うと、そうか、「同人誌を送りつけてきたあの方」のことを話されていたんですね。
その二人がくっついたら、そりゃ、幽遊白書会議室常連が式に呼べるわな。
パンピーな親族の中で、異様な盛り上がりを魅せる常連達が容易に想像できてしまふ。
あんにゃろー、思いっきりそういう話をあっけらかんと子供に振っていたってワケ?
多分、その人には内藤の外でそういった色恋の話もあったんだろうけれど、結局、その期待にはこたえられませんでした。
・・・あんとき、子供心にスキだったんだと思う。他の異性と楽しくつるんでるトコ見てたとき、寂しいような悔しいような気持ちでした。あの人にかまってもらえるのがうれしくってね。あれってヤキモチだったんだろうなあ。
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NIFTY-Serve幽遊白書会議室語り 第7話「好きだったのに」
忘れもしないトラブルの話です。
内藤は常連として常にトップテンの中に入っていたほどで、常々、「何かイベントやりたいな」と思っていました。
会議室が「幽遊白書のアニメ」というテーマに縛られていることも、次第に不自由に感じ始めていた頃です。自分の日常を紹介したいんだけれど、ぜんぜん幽遊白書に関係ない話題。
だから幽遊白書会議室には書けない。気持ちを共有できない。。。
そのうちこのメンツでフリートークの交流の場がほしいなと思い始め、常連限定のクローズドなフリートーク会議室を作ることにしました。その名も、BBC(暴走煩悩クラブ)。
本来の意味での、「妖怪オーナーのみが入れる、裏社会の社交界」をイメージして名づけました。
後から思うと、裏コンテンツってやつです。
しかし運営は、今までの大人によるものではなく、おこちゃまランチ内藤です。この時点ですでにアブナイ。
さらに今思えば、裏会議室を作ることには、すでに以下の点に問題がありました。
●「幽遊白書のアニメ」で束ねられていた結束力(ベクトル)のタガがはずれ、勝手気ままな方向へお互い突き進み始める。トラブルの巣窟へ・・・?
●しゃべりたい欲求が裏会議室で解消されてしまい、表の幽遊白書会議室の衰退へつながる。
●裏会員という名誉欲をくすぐるパッケージングが、常連をさらに上長させてしまう。
たとえば、新規に幽遊白書会議室に発言されてきた方は裏会議室なんて知りません。
幽遊白書会議室に「初めまして」発言をされるたびに、「こいつ、こっちにも案内しようか?」といった黒い会話が裏会議室で繰り広げられるわけです。
そのうち、パソコン通信が故のデメリットがこの裏会議室に露呈してきました。
まったくの別社会からやってくる人間同士が交流するには、よほど全員の気持ちが統一されていないと難しいのです。当然些細な解釈の違いによるいざこざが始まりました。
フリートークとして、交流の場として、楽しく、面白く。
自分が求めてたものはそこにありませんでした。
お互いの言い分をやり取りする、トラブルメイキングの場となっていました。
多分、そこで内藤が仲裁役としてモデレーティングできればよかったのですが、おこちゃまランチは黙ってみているしかありませんでした。
私生活でも受験失敗などで非常に黒々としていたこともあり、どうするすべも知らない内藤はとうとうプッツンいっちゃいました。
当時持っていた幽遊白書グッズすべて、庭で燃やしました。
せっかく頂いたあの同人誌も、卓上カレンダーも・・全部。
あまりの量に、焼却だけでも丸三日がかりで・・・。
そして、裏会議室丸ごと、自分の存在を消しちゃいました。
NIFTY-Serve退会申請してトラブルから逃げたのです。
内藤がNIFTY-Serve会員ではなくなるので、当然そのIDで管理していた裏会議室も消滅し、全員が全員「裏会議室に入れなくなった!」と大騒ぎになっていたそうです。
一部の常連の方と手紙が何度かやり取りされて、ようやっと内藤は状況が飲み込めてきました。大変なことをやってしまったのだと。。。
その事件後すぐにオフが行われ、NIFTY-Serve会員でもない内藤は釈明・お詫びの気持ちで
参加しました。しかし、皆に理由を聞かれるどころか、「会員強制退会されちゃったんだね」
と皆にいわれる始末。当時のNIFTY-Serveは銀行口座引き落としかクレジットカード払いだったのですが、銀行口座にお金がなく長期滞納があると、問答無用で強制退会扱いで、二度と同じIDでは参加できなくなるのです。
なんだかうまく行き過ぎた誤解で救われていました。
よーく考えれば、事情を知った一部の常連達がうまくつじつまを合わせてくれていたからとわかるものなのですが・・・。
ところがオフの別れ際にお詫びのつもりでその話をしていたら相手から、一方的に「なんでこんなことしちゃったのさ!好きだったのに~!」ときつ~い一言が。
どつかれてもぜんぜん意味がわからず、呆然としたまま。
一番よく事情を知っている方々のうちの一人でした。
ただ、相手に「生きていてよかった」といったことまで言われて、「そこまで心配をかけてしまったのか。迷惑かけちゃったんだ。ごめんね、ごめんね」と初めて実感しつつ、立ち去るあのお人の後姿を目で追うのが精一杯でした。
そう、当時は「内藤の興すイベントがよかったのに・・・なぜ!?」といわれたのかとカン違いしていました。
次回、その真相、「色恋沙汰」に続きます。
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幽遊白書会議室は本来アニメの感想部屋なのでアニメの感想を挙げるのですが、それぞれがそれぞれの観点で見るものだから、これがまた楽しい。アニメってこんなにも見方があるんだって、感想合戦でもまた盛り上がれてしまうのです。
一つ挙げてみましょう。
この記事の続きを表示する...魔界の穴編だったと思います。
アニメで尾行者(御手洗君ネ)が気になる桑ちゃんが、蔵馬に尋ねるシーンなのですが、桑ちゃんってば蔵馬君に話しかけようと、突然蔵馬君の肩に手を回したかと思うと、グワシッと蔵馬君を半ば羽交い絞めにして「尾行はなくなったか?」って聞くんですよ。
ハッと目を丸くする蔵馬君。表情がいい。
しかも回の後半で、病院の窓から飛び出してきた霊丸を見て飛び出そうとする桑ちゃん、蔵馬君にシパッと制止されてしまうものですから、「さっきグワシッとされた蔵馬君が桑原君にレス返しをしているかのよーな」、蔵馬君と桑原君の仲のよさと解釈して、「まるで『グワシッ』と『シパッ』とみたいな」とその人とワケわかんない表現で盛り上がれてしまうのでした。
文章でつながっているだけの関係なのに、「目と目で通じ合う」瞬間を味わえるのも醍醐味でした。
そういえば、有志で幽遊白書卓上カレンダーを作るって話で盛り上がっていました。
絵描き12人で、毎月の絵を飾ろうというもの。
主催は「桑ちゃんにガシッっとされ、蔵馬君にシパッと制止されて」しまう、内藤とあの阿吽の呼吸を読め合えた仲の人です。
まだ、漫画の描き方すら知らない内藤は、その作成された卓上カレンダーの「配布」に応募しました。
早速送られてきた卓上カレンダーに同封されていた中に本が一冊。
内藤「??」
蔵馬君や桑原君が描かれているんだけれど、冨樫センセーの絵じゃない。
初めて同人誌を頂いた経験でした。
内藤「??」←価値がぜんぜん解っていない
当時は、これをどーしたらよいのかも、どうアクション(お返し)をしたら良いのかも解らずそのまんまにしてしまいまいした。
今思うと、個人宛にわざわざそういった本を贈ってもらえるというのは、きっと好意的に内藤は見られていたんだと、後々気づきました。
きちんとお礼を手紙に託してお返事するのが筋だったんだよな~。
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2006年3月 8日
NIFTY-Serve幽遊白書会議室語り 第5話「初っぱなから10代パワー爆裂」
内藤が幽遊白書会議室デビューを果たす前、そのころ如何に幽遊白書がメジャーな「若者文化」であったかを示すバロメータとも言えるエピソードです。
この記事の続きを表示する...当時、内藤家では通信英会話教材を取っていました。その英会話教材は「家出のドリッピー」ってやつで、一時期話題になったのでご存じの方もいらっしゃるかと思います。
読者交流新聞が付いてくるのですが、そこの読者投稿イラストで「幽遊白書の蔵馬が好きな人、手紙ください!!」とか毎号のごとくフツーに載っていました。文章の内容から想像するに、あの教材って10代メインだったんですね~。
そして幽遊白書会議室では、10代の若さあふれる発言が席巻していました。
当初は10代の間でしか通用しない話題で正体不明だったのですが、後日フォローを頂いたので今回ご紹介します。通信教育の教材に付いてくる交流誌のようなもので、おいおい、ここまでやるか~って感じでした。
1993年の中盤ですから、この結果はまあ当然でしょう。進研ゼミ 中2 CHALLENGE LAND 1993年8月号より
1位「幽☆遊☆白書」606票
ハンパなヤツはひとりもいない!これが幽☆白ワールドだ!
当時のTVで、アニメ名場面集特集番組などでは、つねに上位を誇っていましたもの。中でも、観客にコスプレイヤーを招いての特番などでは、「キャー」と黄色い声が・・・。まさしく、「若様ー!」「あー、でも蔵馬は殺さないで欲しい」状態でした。
ちょうどこのころは、アニメが陣戦、原作が仙水編ドクター戦のあたりでした。ジャンプ王道の「トーナメント化大量消費」によって、幽遊白書が一大ムーブメントを起こしていた頃ですね。進研ゼミ 中2 CHALLENGE LAND 1993年8月号より
あの感動を忘れない!チャレメが選んだ幽☆白名場面集
1.「人間のみにくい欲望の犠牲となった氷女・雪菜に、人間として謝罪する桑原」
2.「兄とは名乗らず、幽助たちの仲間だと告げる飛影。」
「彼の妹・雪菜を見つめる目はあくまで優しい。」3.「おまえはひとりじゃない・・・かけつけた幽助の腕のなかで、静かに幻海が息をひきとる」
4.「宿命の対決、幻海VS戸愚呂!戸愚呂を改心させるべく、戦う幻海」
当時の十代にとっての憧れが如実に表れています。中2用の教材だから当時13歳前後、現在だと25歳前後ってトコですね。もはや社会人でバリバリ一人前に働いているんですよね。進研ゼミ 中2 CHALLENGE LAND 1993年8月号より
チャレメが選ぶベストマンガキャラクター1位「飛影」 269票
「妹・雪菜を救うため、第三の目・邪眼を手にいれた。炎殺黒龍波の使い手。」
「過激で自身家でナマイキだけど、内に秘める優しさが彼の最大の魅力だ。」
【飛影のここが好き!】
・とにかくカッコいい。
・妹思いでかわいいし、素直じゃないところ。
・冷たそうだが優しいとこ。
他多数2位「蔵馬」 187票
「一般社会では、南野秀一と言う人間だが、元妖弧で、伝説の極悪盗賊」
「おだやかな外見とは裏腹に、敵に対しては容赦しない。この2面性が彼の持ち味!」
【蔵馬のココが好き!】
・優しくてクールで美形!
・かわいいし、母親思いだし・・・。
・とにかくステキ
他多数
さらに、恐るべき勢いで記事は進み・・・
なんなんだこの痛さは・・・。これって・・・中学生にコスプレを勧めている・・・のか?うひー。当時の編集者に一度お会いしてみたいものです。当時はまだ、福武書店を名乗っていた頃です。(1995年、商号を「株式会社ベネッセコーポレーション」に変更)進研ゼミ 中2 CHALLENGE LAND 1993年8月号より
飛影:細い身体に天を向く髪。恐ろしくも美しい三白眼。将来パンクを目指すキミにオススメする。
ノ-スリ-ブの黒い服は、T-シャツを買ってきて、袖と襟を切って使おう。始めから、タンクトップを買ってくるようなことではいけない。黒いズボンは、ワ-クパンツできまりだ。黒い靴は、工事現場のおじさんがはいているじか足袋を買おう。
【こんなきみにおすすめする】
・あごのとがった顔の小さい人
・骨皮でわない細い肉体
・太くてカタイ髪の毛のひと
・理解のある親を持っている人
難易度:150% 注目度:100% 好感度15%
進研ゼミといえば、大衆に認識されている「ブランド」ともいえるものですが、その一般ピープルである編集者ですらこの暴走っぷり。当時の過熱ぶりが伺えるでしょう?
うーん、十代を理解してあげようとして、ここまでがんばってくれちゃったんでしょうかね。
この半年後、幽遊白書は小学館漫画賞を受賞することになるのですが、「当時の若者文化を描いていた」ことが受賞理由の一つだったのかな~と内藤は想像しています。
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2006年3月 5日
NIFTY-Serve幽遊白書会議室語り 第4話「幽遊白書会議室に参加したきっかけ」
幽遊白書会議室が5学期に入って内藤はついにやっちまいました。
これが↓内藤の幽遊白書会議室初めての発言でした。
幽遊白書会議室 5学期 からの引用
初めまして!茶爺(ちゃーじぃ)と申します。最近までROMってたのですが、
このあたりだけ異様な雰囲気を醸し出していて、好きです。ジャンプという一つの窓を通して見える幽遊の世界の向こうから
通信してきているような、そんな感じを受けました。
個人的には蔵馬が好きで、辞書登録はもちろん、
自分でかっこいい蔵馬を描いては喜んでいます。(でも、その前は飛影が好きだった。)ボソッ ←なんてヤツ!
最近はジャンプは買わずに、コミックの方を買っているので、
お話には付いて行けないところもあると思います。幽遊が好きなのになぜそうするのかといえば、じつは・・・、
ジャンプだと、再生紙を使ってて、トリートメントしててもすぐ痛みやすく、
かっこいい蔵馬君がぼろぼろになってしまって可愛そうなんで、
それで、コミックの方を買ってるんです。でもって、コミックはコミック専門の古本屋で買ってるので、
余計に話が遅れてたりして・・・なんじゃい!>どけちの茶爺
蔵馬がキャロライン秀一になってたかもしれないって
事を知ってるほど蔵馬ファンです。変なヤツですがよろしくお願いします。
痛いですね~。若さゆえですか。このとき十代。
幽遊白書連載当時、冨樫氏のアシスタント達が同人誌を作っていて、そのタイトルが「CHURCH」だったとかで、内藤はそれを「チャージ」ともじって「茶爺」と名乗っていました。
子供と見られることがいやだったので、出来るだけ大人びたものをという意味もありました。ですが、直後みごと、「学生?」と見抜かれてましたけれどもね。はははっ。
(キャロライン秀一のネタは、用語:蔵馬の項参照)
当時のNifty-SERVEは、50万人規模で、まだ小規模なものでした。(でも当時日本最大級のネットワーク) また、そもそも始めるにパソコン通信環境を作るにも技術が必要であったため(自動的に接続設定までやってくれるウィザードや、有償設定サービスなんてものはない)、技術に強い人間、つまり男性の割合が高かったと思います。個人情報が普通に見れていた時代、会員リスト(本名記載 (!) )を見てみると、男女比8:2ぐらいだったかと思います。
ところが幽遊白書会議室は、いざオフ会に出てみると、男女比が逆転して、1:9ぐらいじゃないか~って勢い。
しかも、課金制&電話回線接続なので、維持費が非常にかかる(場合によっては月3万円)。よって、基本的にはメンバーは収入のある20~30代の方がメインとなってきます。
幽遊白書ワールドと同じ世代の現役ファンはちらほら見かけるものの、たいていは親のアカウントを使って発言しているみたいで、内藤みたいに、自力+親の財力でここまでこぎつけたやつはそういなかったかと思います。30歳前後のおねぇさま方がメインの会議室であったのです。原作が「少年」ジャンプなのにぃ?
すでにこの時点で、幽遊白書のファン層が明確になっていたんです。パソコン通信がもっとお手軽なものになっていたら、多分、10代女性がメインになっていたかもしれませんね。
会話は公式設定ベースで広げられるので、同人誌的ネタはNGでした。そのため、同人誌とは違った展開の会話が繰り広げられていました。うーん、大多数の同人活動家がこの会議室のことを知らずにいたんだよな~。もったいない。
パソコン通信の醍醐味は、文字だけで展開される世界であって、まさか向こう側が大人だとも知らず、最初は暴走しまくってました。
たとえば、写真だとか絵だとか見れていたら、もっとはっきりわかっていたのでしょうが、当時の通信速度でイラスト1枚を表示しようものなら、10分~20分はかかっていた時代なので、文字のみ。感情を表すために、顔文字も多用されていました。
代表的な顔文字
幽遊白書会議室からの引用
ヽ(∇⌒ヽ)(ノ⌒∇)ノわぁい♪(^o-)v
(=^^=)
p(^-^)q
(=^▽^=)~*
(-_-メ)凸
こらぁ(メ●Д●)y-~~
(=^▽^;;
...σ(--;
(;^_^A アセアセ
かわいいですね。ほんとに想像力豊かでした。
著作権に厳しくない頃は、文字を並べて文字絵を作っていた時代もあったとか。
今で言うAA(アスキーアート)ですね。
では、次回からは、当時幽遊白書会議室で繰り広げられたエピソードを紹介して行こうと思います。
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NIFTY-Serve幽遊白書会議室語り(第0話:はじめに)
内藤瞑也
2006年3月 7日 9:21 AM
yuanqiao様
コメントありがとうございます。励みになります。
そちらもカウンターすごい勢いで回ってますよね。さすが。
時代が移り変わり、ついにNIFTY-Serveもサービス終了してしまいました。記念にと思い書き始めました。
これから本題へ入っていくわけですが、30MBもある過去のログを読み返しながらなので、じっくりポツポツ書いていきます。
どうぞよろしくお願いいたします。
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2006年3月 4日
NIFTY-Serve幽遊白書会議室語り 第3話「パソコン通信を始めたきっかけ」
パソコン雑誌を読んでいると、パソコン通信という世界があることを知った内藤は、ためしにパソコン通信を始めてみることにしました。
この記事の続きを表示する...今ではパソコンはネットに常時接続が当たり前の時代ですけれど、当時は、世間でパソコンが普及していなかったこともあり、電話回線で相手のパソコンと通信するだけの世界でした。当然、通信している間、電話通話料がかかるわけで、1時間、2時間つなぎっぱなし(つまりは電話は話中となる)が当たり前でした。
相手のパソコンに掲示板運営ソフトが入っていれば、掲示板が成り立ちます。
掲示板に書いては電話を切断、また翌日ほかの人が書いた記事を読んでは返事をする。相手の電話回線も1本しかないので、長時間接続して回線を占有するとほかの人たちが掲示板を見れなくなってしまうため、長時間占有はマナー違反でした。
それが、相手のパソコンがとてつもなく巨大なもので、つながる電話回線も何百本と用意されていたらどうなるでしょう?
内藤がパソコン通信を始めた頃には商業ベースで掲示板などをメインとしたサービスが始まっていました。
当時NIFTY-Serveが30万人ぐらいの規模で巨大なホストコンピュータと多数の電話回線を用意し、接続時間に応じた課金制度によって商業的に掲示板サービスが運営維持されていたのです。
皆でいっせいに接続してその中のさまざまな趣味の掲示板で、リアルタイムで人と人の交流が始まっていました。
その掲示板のことを「[会議室]」といい、[会議室]を趣味単位で取りまとめているのがフォーラムであり、シスオペと呼ばれるフォーラム運営スタッフ達によって管理されていました。
パソコンでなくともパソコン通信が出来るというのは後日知ったのですが、ワープロにも通信機能があれば、パソコン通信ができたそうです。ワープロだけで幽遊白書会議室にバリバリ参加されていた方も折られたのですよ。
内藤がNIFTY-Serveに会員登録したころ(もちろん親のお金で、です)そこにはすでに100以上のフォーラムが設置されていました。釣り・パソコン・映画・・・
もちろんアニメに関するフォーラムもあり、すでに幽遊白書に目覚めていた内藤は、速攻、アニメフォーラム FANIME に登録しにいきました。
そこに果たして、幽遊白書専用の会議室がありました!しかも初代!
実は内藤は、初代幽遊白書会議室のROMだったんですよ~。
NIFTY-Serveの会議室は、1000発言(一部500発言)が上限で、それ以上の発言をするには、別途、会議室を別に設けなくてはならない決まりで(しかもシスオペにしか会議室は作れない)、1000発言埋まるごとに、初代、第二、第三、、、と呼ばれていました。トコロが、あるアクティブの機転で、この代数を学期として読み替え、一学期、二学期、三学期と上手く表現していました。これは幽遊白書会議室だけの文化ですよね。最後は第20代会議室ぐらいまで行っていたと思うので、20学期などとゆーとんでもない数字にはなっていましたが。。
初代幽遊白書会議室では、若さゆえの、半ば突っ走り気味の痛そうな発言もあり、内藤はしばらく様子見をしていました。今のインターネットでもそうですが、初めて出会ったコミュニティに参加するには、しばらくそこの文化を知るためにも、様子見をするとよいですよ。
次第にアクティブの数が増え、今でも懇意にさせていただいている方々も次々に「初めまして」と挨拶から始まっていきました。
最初はただの「アニメ感想掲示板」でしかなかったのですが、次第に会話が増えてくると、ファン同士のコミュニケーションが増え、グッズやら創作小説やらが紹介されるようになり、ROMの内藤はいても立ってもいられなくなってきました。
そしてついに、内藤も「初めまして」しちゃうのです。
それは次回のお楽しみ。
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2006年3月 3日
NIFTY-Serve幽遊白書会議室語り 第2話「パソコンを始めたきっかけ」
いまや、自分にはなくてはならないものになってしまったツールの一つ、パソコンについてのお話です。内藤のパソコンのきっかけはずいぶんと古く、今主流のWindows機(DOS/Vマシン)が上陸するだいぶ前になります。
この記事の続きを表示する...当時、一般的にパソコンを使っていたのは大企業のオフィスぐらいなもので、家庭にパソコンなんて、よほどマニアでもないと持っていない珍しい時代でした。
当時、平均的なPCでも30~40万円ぐらいはしていました。月々1000円程度の小遣いでは当然買えるはずもなく、学生のときにパソコンを買ってもらいました。「将来はパソコンの時代」という親の先見の明から買ってもらったのです。
ハードディスクも高嶺の花で、40MBのハードディスクで万々歳(30枚あまりのフロッピーが全部納まるんだぞ~!すげー!)。もちろんCD-ROMドライブなんてものは普通ない(500枚分のフロッピーが・・・以下略)。とあるパソコンに搭載しただけで「マルチメディア」と羨望のまなざしで見られてしまう時代でした。
10cm四方のごっついフロッピーディスクでガチャガチャ読み込ませてはいろんなソフトで遊んでいました。
もちろん液晶モニターなんてものはなく、10kg近いブラウン管モニターが今の真ん中にどっしり鎮座していました。今でもよくある誤解ですが、当時の親は、そのモニターがパソコンの本体だとばかり勘違いしていました。パソコンについての理解がまだあまりなかった次代です。(良くそんなの買ってくれたよ~)
当時のパソコンは電話線も何もつながずに、単独で使うのがもっぱらでした。だから、パソコンショップとかでソフトを買ってきては、インストールして使う。Windowsなんてものもなかった時代、学生ごときがパソコンを使うといったらゲームぐらいなものです。当時のゲーム機がファミコンとかだったので、30万円もするようなゲーム機を買ってもらったようなものでした。ファミコンでは遊べないような高度で色鮮やかなゲームが出来るという評判で最初は学生の間でも普及し始めたようなものでした。
でも、店頭ではゲームソフトなどは1万円ぐらいするものだから、普段は、パソコン雑誌の付録でプログラムコードが印刷されているものを、キーボードから手入力しては、実行して遊んでいました。
当時は、雑誌業界の取り決めで、雑誌の付録としてCDやフロッピーは許されていなかったのです。そこで紙媒体でのプログラム配布が行われていたのでした。
しばらくして、雑誌業界の自主規制緩和もあり、著作権フリーで使用できるソフトを格納したフロッピーが雑誌の付録で付くようになり、マウス(タブレットなんてまだ存在していなかった!)でガリガリ蔵馬の絵を描いては楽しんでいました。幽遊白書のタイトルロゴを1ドット1ドット(点々)描いてはなんとか様になってました。同時に使える色数だって16色しかなくって(4000色から選べる)、蔵馬君の赤髪のコントラストに10色近く奪われて、残りの6色だけで服の色選択に困っていた記憶があります。(生涯最初の蔵馬君CGはもったいないことに紛失してしまいました・・・)
しばらくはただのおもちゃとしてたまに電源を入れる程度の代物でした。ところが、パソコンそのものをただの道具として使う、「コミュニティ」に内藤ははまり込んでいくのでした。
それはなにか、いよいよ本題に入っていきます。次回のお楽しみ~。
yuanqiao
2006年3月 6日 6:39 AM
内筒様、お久しぶりです!先日はこちらで私の拙~い日記をご紹介していただいたり、トラックバックをいただいたりと、有難うございました。
「短期」とはいえ、集中更新、しかも「NIFTY-Serve幽遊白書会議室」という世にも貴重なお話が読めるなんて!感激です。続きが楽しみでなりません。