2005年3月 8日
メガドライブ『幽☆遊☆白書?魔強統一戦?』
約10年前、1994年に発売されたセガ メガドライブ『幽☆遊☆白書?魔強統一戦?』はテレビゲーム史上、名作中の名作と言われているゲームです。4人集まると徹夜は当たり前。
メガドライブ本体とこのソフトを持って行くと、「うっ」と引かれつつも皆の手がコントロールパッドに伸びて来ます。
「このあと仕事があるのに、こんな時にこんなおもしろすぎるゲームもってきやがって・・・」というわけです。
このゲーム、人間が4人集まってからが本格的に楽しめるところ。メガドラは2人分までしかコントロールパッドがつながらないので、タップ口を増設します。マルチタップをつないで、パッドを1個+3個でつなぎます。
プレイヤー同士の明確なはずの意地の張り合いが4人分ともなると、なぜかランダムな要素になってくる。、自力で切り抜けられるときとできないときがあって、やっぱり後者が強くって、おもしろくてもう止まらない。
強すぎるプレイヤーには、暗黙了解的な意志がプレイヤー残り3人に働き、1対3となることでパワーバランスが自ずととれてしまう。
誰かが飛び抜けて強くなれるわけでもないのです。
・・・あれ、4人?
バトルロイヤル?
このゲームにはいくつか不思議があるのです。
■不思議その一
「男はタイマンよ」と桑原に言わしめるほど、本来ならば幽遊白書はタイマン漫画のはず。なぜにゲームはバトルロイヤル?
作中、バトルロイヤルはあるにはあるんですが、ガス欠幽助をかばうための変則ルールであったり、一方のチームがぶち切れての乱闘であったり、人数とページ端折るための予選であったり(←おもしろいことに、バトルロイヤルルールのはずが、結局は先鋭同士のタイマンになってしまっている)
と、バトルロイヤルは特別扱いではあるのです。
幽遊白書らしからぬバトルロイヤルがメインテーマのゲームというのも不思議な取り合わせでした。
しかも、
■不思議ソノ2
「キャラゲーはくそゲー」という法則があるらしい。
漫画やアニメ、小説など、原作を元にしたゲームがキャラゲー。
ゲームになり得てない、おもしろくないゲームがくそゲー。
キャラクターゲームがつまらないゲームになってしまう原因は主に人とお金にあって、考えられるのは、
・原作の設定に無意味に縛られる
(ゲームという狭い世界に、原作の持つフェーバーを盛り込みきれない。企画者・設計者のミス)
・スタッフの思い入れが負けてしまう
(ゲームを生み出すには並大抵の体力では済みません。気持ちが負けるとすぐさま作品に現れてしまいます)
一番大きいのは、
・予算がないから
あるゲーム開発プロジェクトでは、予算の都合でプログラマーを寄せ集めした結果、プログラムを組んだこととのない人間がいたなんて話も聞いたことがあります。
じゃあないかと。
トコロが、魔強統一戦はばりばりのキャラゲーでありつつ、全然くそげーではないです。名作です。ありれ?
それどころか、対戦格闘ゲームの最先端行ってました。
それはまた次回。
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